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台湾茶について

台湾茶のルーツ

1976年、中国福建省から台湾北部に茶の苗木を持ってきたのが始まりで、今日に至ります。 世界で飲まれているほとんどのお茶は、もともとは中国がルーツで、三大紅茶と言われる中の一つ“キームン紅茶”も中国です。 また、“日本茶”のルーツも中国で、鎌倉時代にお坊さんが日本に持ち帰ったのが最初。 1865年、およそ82トンの台湾烏龍茶が世界に輸出され好評を得、69年には台湾茶業の父といわれる英国人によって、 『Formosa Tea』(フォルモサティー)のブランド名で北アメリカに輸出。72年には、英国への輸出も開始し、海外では、 高品質の『Formosa Tea』はたちまち人気を博し、『Formosa Tea』を飲むことが一種のステイタスとなっていたそうです。

台湾茶の歴史

時を遡り、中国で解毒薬として飲まれていた茶が後に嗜好品として姿を変え、健康飲料となって世界に広がって行きますが、 その後、2つの戦争で台湾茶は衰退してしまいます。
日清戦争後、台湾は日本の統治下に置かれ、日本政府は茶産業の近代化を図ることによって、品質を向上させていき、茶葉の 製造量や輸出量が飛躍的に上昇していったのですが、烏龍茶ではなく“紅茶や緑茶”主流を余儀なくされます。 さらに第二次世界大戦、飛躍的に繁栄していった台湾茶産業ですが、茶葉の輸出も出来なくなり、台湾の茶業は衰退の一途を たどることになるのです。 終戦後、日本の統治から離れた台湾は茶業の復興を重要事項の1つに掲げ、生産能力を回復させていき、1980年代までの期間、 台湾茶は輸出の最盛期を迎えます。 一方この頃、新品種の高山茶が登場。高山の多い台湾において、標高1000m以上の産地で作られる台湾茶は、まさに国を象徴する お茶です。 高い製茶技術に加え産地開発も盛んになり、烏龍茶本来の香りを残しつつも新鮮な緑茶に近い味覚が人気を呼び、台湾全土に高山茶ブームが到来し、 1975年から国の管理下で茶葉の残留農薬検査が実施され、減農薬栽培や有機栽培など、安全で高品質なお茶を産出する努力がされています。

ORIENTAL BEAUTY

台湾の気候はお茶の生育に適し、その土地ならではのお茶が次々と生まれていきました。 中でも、文山包種茶、凍頂烏龍茶、東方美人、木柵鉄観音など、中国にはない台湾独自のお茶は、高い評価を受けて現在に至っています。 台湾茶の女王と呼ばれる“東方美人”は、1800年代末、台湾を訪れた英国人が、当時の台湾烏龍茶の中から見つけ出しました。 紅茶を愛飲する英国人にとって、この味は非常に衝撃的で、「ダージリン紅茶の最高級品にも存在しない"東洋の神秘"だ!」と本国へ持ち帰り、時の英国貴族社会に紹介しました。 これを飲んだビクトリア女王はこのお茶をいたく気に入り、『Oriental beauty』(オリエンタル・ビューティー)と絶賛したそうです。 “東方美人”は“ウンカ”という虫がいないと出来ない茶葉で、厳しい環境の中、無農薬で作らなければなりません。ベースにしっかりと烏龍茶の味がありながら、紅茶に近い風味と甘い蜜のような芳醇な香りを持っています。

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